
慶応四年(1868年),新潟にも戊辰戦争の波が及んだ。そうした中,内野村で,ある事件がおきた。
戊辰の年の3月の下旬,内野村(現在の亀貝,青山,小針,寺尾)から五十嵐浜にかけて金持ちの家が相次いで強盗に襲われた。3月30日,内野村の宿屋に宿泊中の5人の男が2階から金を撒き,不審者として捕り方が出動する騒ぎとなった。5人は刀を抜いて抵抗したが逮捕された。酒屋(地名)の会津藩陣屋に報告され,翌4月1日に役人が来て,5人を団九郎砂崩れ(現在のJR 越後線団九郎踏切)で斬罪に処した。首領の名は佐藤一郎と伝えられ,食いつめた勤王派浪士かと推測される。
今,墓石が団九郎踏切の上手に残っている。石には「嗚呼命哉浪士之墓」「慶応四年四月朔日」「南无阿弥陀佛」とある。
墓石を九本の老松が囲んでいたが,1995年頃すべて伐採され,切り株だけが残っている。
(新潟市西区大学南1丁目,JR新潟大学前駅から徒歩20分)
1999.8.15