諸国神社めぐり

霊光殿天満宮(上京区徳大寺殿町〈とくだいじでんちょう〉)

霊光殿天満宮社頭
霊光殿天満宮(れいこうでんてんまんぐう)は,地下鉄(烏丸線)今出川駅の西南西350メートルに鎮座する。
寛仁二年(1018),菅原道真公六世の孫の菅原義郷が,後一条天皇の勅命によって河内国若江郡(大阪府八尾市,東大阪市付近)に社殿を建てたのが発祥である。その後,神告によって現在地に遷座した。
「霊光殿」の称は,道真公の左遷のおり,天から一条の光を伴って天一神帝釈天が降臨したことによるという。
文永十一年(1274)と弘安四年(1281)の元と高麗の賊軍襲来のおり,後宇多天皇が当社で夷賊退治の祭事をおこない,神威によって賊はことごとく亡滅した。よって「天下無敵必勝利運」の宸筆の額と神領を賜った。今,鳥居の額束にこの八字が刻されている
応仁の乱(1467-1477)で社殿と社領を失い,御神体も東寺の境内に遷された。
徳川家康の崇敬が篤く,元亀元年(1570)に当社に天下太平を祈願し,かつての祀官であった若江家も再興され,塔ノ段(現社地の東北東1キロメートル)の若江家に当社が再興された。
寛永十三年(1636),徳川家光が家康の像を奉納して家康公も祭神に加わった。
宝暦十一年(1761)に現在地に移転した。

霊光殿天満宮拝殿
霊光殿天満宮本殿
入母屋造りの拝殿の奥に本殿が建っている。
霊光殿天満宮本殿霊光殿天満宮本殿狛犬(吽形)霊光殿天満宮本殿狛犬(阿形)
現在の社殿は,近衛家で祀られていた鎮守社の社殿を明治五年(1872)に移築したものである。

霊光殿天満宮境内五所稲荷大明神
本殿の右に,五所稲荷大明神が祀られている。

(京都府京都市上京区徳大寺殿町365)
2018.12.18


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