旧村松町矢津の八幡宮は,廃線となった蒲原鉄道村松駅の東2キロメートルに東向きに鎮座する。往古より菅名荘の総鎮守として崇敬が篤かった。明治期には川内村の村社に列せられた。
祭神は誉田別尊,息長足比賣尊,玉依比賣尊であるが,明治期に合併された豊受姫命(神明宮),建御名方命(諏訪神社),大雀命(若宮八幡宮),大山祇命(十二神社)を合わせ祭る。
伝承によると,大同二年(807),蝦夷地におもむく坂上田村麻呂が戦勝を祈願して勧請したともいい,また天喜五年(1057),奥州阿倍一族の反乱を征伐する源義家が戦勝祈願したともいう。


拝殿は安政五年(1858)の作とされる。


拝殿の背後に離れて建つ本殿は寛文元年(1661)に村松藩主の寄進によって建てられたもので,江戸初期の様式をよく残すという。村松町の有形文化財の指定を受けている(昭和61年)。

境内南側にも鳥居がある。
『越後式内神社案内』(藤原武重,1782年)は当社を「延喜式」の「長瀬神社」(蒲原郡十三座のうち)に当てている。また『越後国式内神社考』(小池内広)や『越後野志』(小田島允武)も,一説として同じ見解を紹介している。しかし現在,当社の紹介に「式内・長瀬神社」の件に触れたものは見当たらない。
(新潟県五泉市矢津1896,蒲原鉄道バス村松駅から徒歩30分)
2005.5.4