
河内二柱神社は,旧朝日村の高根地区に鎮座する。高根川のいちばん奥に位置する集落である。
創立の由緒は不明だが,雲上佐市郎公の二子(雲上太良宮,雲上次良宮)を主祭神とする。
なお,雲上佐市郎(雲上佐一郎)公は村上市宮ノ下の一ノ宮河内神社に祭られている。
境内に「勧請八百年記念碑」(昭和五十一年)があり,それには,福立山(福館山)の城主・石黒清正が安元二年(1176)に勧請したとある。
なお,雲上公を後鳥羽天皇の第三子・頼仁親王とする伝承があるが,頼仁親王の薨去は1264年であるから,上記の伝承はつじつまが合わない。また雲上公を後白河天皇(1127-1192)の皇子とする説もあるが,これでも苦しい。


参道をしばらく進むと新しい石の鳥居が見えて来る。額に社号(河内二柱神社)が書かれている。

入母屋造りの拝殿は大きい。寛政十年(1798)の建築と伝える。
拝殿の右手に杉の大木があり「朝日村名木百選」の標識がある。また「金比羅山」「湯殿山」などの石塔も立っている。
明治四十年(1907)に神明宮(天照大御神),大山祇神社(大山祇命),八坂神社(須佐雄命),玖𤥴神社(大己貴命,少彦名命)を合併した。


拝殿のところどころに彫刻が施されている。


本殿も重厚で美しい。
(新潟県村上市高根1984)
2007.7.7