にいがた百景2

キリシタン塚(佐渡市相川下戸村〈あいかわおりとむら〉)

キリシタン塚全景
旧佐和田町の沢根と相川を結ぶ古い道を中山旧道(中山街道)という。寛永五年(1628)ころにできたといわれる。頂上には茶屋もあり,奉行所の役人も金山に送られる無宿者も皆ここを通った。また道筋には刑場もあり,処刑される罪人がこの世の見納めに通ったのもこの道である。
明治十八年(1885)に新道が作られたため廃道となった。

キリシタン塚キリシタン塚のマリア像
(→事故事件ニュースブログによる写真の盗用
峠にキリシタン塚がある。島原の乱(1637)の後,キリスト教に対する取り締まりは苛烈を極め,佐渡では中山峠がキリシタンの処刑場となり,百余名がここで殉教したと伝えられる。峠の周囲に三箇所の塚があり,昔から百人塚と呼ばれてきた。
明治になって伝道師が土地を買い取り,今はカトリック教会の墓地として利用されている。

(新潟県佐渡市相川下戸村)
2008.3.2


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