
神明社は,新発田城の本丸表門の北西800メートルに北東向きに鎮座する。
鳥居の前に小さな石橋があり,拝殿への参道は左に折れる。
市史によると,多くの神社が合併されているようで,神明,石動,稲荷,山神,諏訪,古峯の各神社を祭るとされる。
なお,境内に説明の看板があり,説明が「この石動神社は」で始まる。当社の社号が「石動神社」であるようにも取れるが,市史に従い「神明社」とした。
看板の説明に由緒が書かれているが,まったく要領を得ないので,やむをえずそのまま掲載する。
この石動神社は、新発田藩主溝口 伯耆守重元の御生母およつ=智光院様が御創建されたものです。智光院様は寛文元年辛丑(一六六一年)のお生まれであり、御一代の守本尊虚空蔵菩薩を深く信仰されておりました。
正徳四年(一七七四年)藩主溝口侯の御武運を御祈願されてこの社を御建立されたものです。五十公野大和の地に下し置かれたのです。
古社は、中之島村名主大竹与茂七悲憤の死を深く悲しみ 鎮魂のために与茂七の旧故地 豊栄市葛塚に下し置かれたのですが、後に 現在の地に移されて建立されたと伝えられています。それは 与茂七の御遺徳を欣慕(敬い慕う)した。中曽根村民の熱意により明治42年(一九一九)にこの地に建立されたものです。平成十七年七月 建立
(財)新発田まちづくり振興公社
中曽根自治会
新発田与茂七を偲ぶ会
年号の西暦換算もおかしいし,石動神社と「古社」の関係,さらに大竹与茂七と神社のかかわりなど,文章全体が意味不明である。


拝殿の背後に本殿が建っている。


社殿そのものは簡素だが,向拝や周囲に細かい装飾が見られる。
(新潟県新発田市中曽根町2丁目3-14)
2008.11.29