にいがた百景2

本与板城趾(長岡市与板町本与板〈よいたまちもとよいた〉)

本与板城址
本与板城(もとよいたじょう)は直江氏三代(景綱,信綱,兼続)の居城として知られる。
建武年間(14世紀)に新田氏一族の籠澤入道(こもりざわにゅうどう)が城主となったのがこの城の起源だとされる。直江氏が城主となったのは天文十五年(1546)頃だと考えられている。
天正年間(1573-1591)に,直江兼続がここから南方2キロメートルの峰にあらたに与板城を築城したため(→城山稲荷神社),区別してここを「本与板城」と呼ぶ。
なお,兼続の実弟の与七は小国氏の養子となって小国実頼となり,天神山城(新潟市西蒲区岩室温泉)の城主となった。
本与板城址
ここはいわば「本丸」の場所だが,峰を少しくだった場所に冬城があったとも推測され,現在その場所には白山社が建っている。

(新潟県長岡市与板町本与板)
2009.4.25


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