
守門神社は,旧栃尾市街の南方約10キロメートル,東中野俣の新山地区に鎮座する。
江戸時代の検地帳などには「すもん田」「すわの宮」「白山」「山の神沢」「わか宮」など多くの信仰にかかわる地名が見えるが,明治の調査では巣守社(すなわち当社),十二社(池ノ又地区),少彦名神社(繁窪地区)の三社となっている。大正十四年には十二社が巣守社に合祀された。


拝殿内に「守門社」の額が掛かっている。



向拝柱の獅子や欄間の彫刻は力強く美しい。


拝殿には天井絵が奉納されている。中でも桃里亭卯香女(とうりてい・うこうめ)という女流画家の作品が旧栃尾市の有形文化財に指定されている。
卯香女は文化十四年(1817)に福島県の飯坂で生まれ,本名は佐藤リサ。はじめ豪農に嫁いだが,絵を描くことが農家にふさわしくないとして離縁され,佐山長山と号する当地出身の徘徊師とともに越後に来たとされる。長山の没後は故郷に戻って創作を続け,明治二十九年(1896)に79歳で没した。
おもに花鳥画を描いたが,当社の天井絵に山水画が一点あるという。右の写真がそれであろうか。
(新潟県長岡市東中野俣)
2009.6.6