瀧廉太郎の終焉の地

瀧廉太郎の終焉の地
病を得た廉太郎は大分の父母の家に身を寄せた。1903年6月29日,廉太郎はここで没した。
その場所は今遊歩公園となっており,標柱が建てられている。
墓所はここから10分ほど歩いたところにある金池町の萬壽寺である。
(→参考:瀧廉太郎名曲選

(大分市大手町,金池町)
2008年3月31日


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