諸国神社めぐり

筥崎宮(東区箱崎〈はこざき〉)

筥崎宮一の鳥居
筥崎宮(はこざきぐう)は,八幡神の神託によって延喜二十一年(921)に穂波郡大分宮(だいぶぐう)から遷座し,二年後に社殿が創建されたと伝えられる。
大分宮とは,豊前の宇佐八幡宮の別宮として筑前の地で崇敬されていた神社である。
折しも我が国は朝鮮半島(新羅)からの侵犯事件が頻発していた。そこで,かつて朝鮮を屈服させた神功皇后とその御子の応神天皇の神霊を招き,海浜の守護を固めたのである。
現在の祭神は,主祭神の応神天皇のほか,神功皇后と玉依姫命である。
慶長十四年(1609年)製の重厚な鳥居(一ノ鳥居)は,三段重ねの独特の様式である(国指定重要文化財)。

筥崎宮楼門「敵國降伏」の扁額
重厚な楼門に「敵國降伏」の扁額が掛かる。文禄年間(1592−1595)に筑前領主の小早川隆景によって楼門が建立されたさいに作られ,元禄十年(1697)に修理されたものという。
額の文字は,筥崎宮創建時の醍醐天皇(在位897年−930年)の直筆の書から起こしたものと伝えられている。「敵國」とは朝鮮(新羅)である。
筥崎宮拝殿内部
楼門とともに拝殿と本殿も国の重要文化財に指定されている。

はるか北,新潟県の勝木(がつぎ)という所に,筥堅八幡宮(はこかたはちまんぐう)なる古社があり,この筥崎宮から分霊したともいう。

(福岡市東区箱崎)
2004年4月1日, 2011年3月13日


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