
別山の多岐神社は,JR(越後線)石地駅と小木ノ城駅の中間,国道116号線(西山バイパス)の脇に鎮座する。
「延喜式」の「三嶋郡六座」のひとつ「多多神社(あるいは「多岐神社」に作る)」とされる。ただし多多神社には論社がある(もうひとつは柏崎市曽地の多多神社)。
伝承によると,源頼義が安倍氏を討伐する(前九年の役)さい,この地で祈願し,社殿を造営したという。源氏との関係を示唆する類似の伝承は,北方約1キロメートルの出雲崎町船橋の三島神社にもある。
祭神は水神・竜神の高龗神である。文献によっては,ほかに多岐津島姫命,湍津姫命,多岐津比古命,太田命なども祭神とする。


境内はよく整備されている。



本殿は十九世紀中期の建築だとされている。

左から御嶽社,武布都社,神明社。
うち,武布都(タケフツ)社は,弘安四年(1281)に中国朝鮮侵略軍(元寇)の撃退を祈願して勧請されたもの。祭神の経津主(フツヌシ)神は,イザナキが我が子である火の神カグツチを斬った時に飛び散った血から生まれた武神である。
神明社の石柱には「文政二年」(1819)とある。

社殿前の狛犬の台座には「石工 山(?)岸松藏」「征露紀念」とある。

震災(2007年7月17日の中越沖地震)で倒壊した鳥居。



石の鳥居をくぐると狛犬(昭和十四年)や灯籠が並び,「式内多岐神社」の標柱と手水舎がある。
(新潟市県柏崎市西山町別山)
2004.3.22,2011.6.7