

河内神社は,三面川と高根川の合流点のやや下流の右岸に鎮座する。「河内大明神」とも称す。
木製の鳥居をくぐると石畳の参道が続く。石段を登り詰めたところに社殿が建つ。
祭神は雲上佐市郎公である。雲上公とは,後鳥羽天皇の皇子・頼仁親王,あるいは後白河天皇の皇子とされる人物である。
この地方に広く分布する伝承では,都から落ち延びてこの地に隠棲する親王が三面川で従者に弑され,従者も後に殺された。その霊を鎮めるために鎌倉時代にこの神社を創立したという。




本殿は,周囲が保護されているが,拝殿と離れて建てられているので見ることができる。本殿も拝殿も,細部に丁寧な彫刻が施されている。


境内に天照皇大神宮が祭られている。狛犬は昭和十二年。
当社を「延喜式」の「多伎神社」に比定する説があるが確証はない。(式内「多伎神社」の論社に,村上市岩ケ崎の多伎神社があり,これも「多伎神社」の有力候補である。)
頼仁親王(1201-1264)の鎮魂のために創立したという伝承を信じるなら,当社は式内社ではないことになる。
なお,雲上佐市郎公の二子を祭神とする河内二柱神社が高根川を15キロメートルほど遡った高根地区に鎮座する。
(新潟県村上市宮ノ下206)
2004.8.28