
早吸日女神社(はやすひめじんじゃ)は,旧北海部郡佐賀関町(さがのせきまち)の大字関に鎮座する。「延喜式」所載の古社である。
神武天皇東遷のおり,黒砂(いさご),真砂(まさご)の二神が天皇に神剣を献じ,神武天皇みずから神剣を奉斎して建国の請願を立てたのを発祥とすると伝える。
くだって大宝元年(701)現在地に遷座した。
なお,社号は「はやすいひめ」と呼ばれることもあるが,伊藤常足『太宰管内志』(1841年)に「波也須比賣(ハヤスヒメ)」とある。これに従った。
慶長五年(1600)兵火によって焼失したが,同七年(1602)加藤清正によって再建,さらに当地の藩主細川侯によっても再建・修築がなされた。
現在の祭神は,八十枉津日神(やそまがつび),大直日神(おほなほび),底筒男神(そこつつのを),中筒男神(なかつつのを),表筒男神(うはつつのを),大地海原諸神(おほとこうなばらもろもろ)。このほか境内社も多い。


間口の広い重厚な拝殿である。向拝の唐破風などには大分市とその周辺でよく目にする瓦の細かい装飾が見られる。


拝殿の背後に朱塗りの本殿が建っている。鰹木は四本。千木は四組で,「外削ぎ」と「内削ぎ」が組み合わされている。
現在の社殿は何度か改修を経ているが,慶安三年(1650)に細川綱利が再建した建造物である。


境内社は非常に多く,大亀碑などの珍しい奉納物もある。
(大分県大分市大字佐賀関)
2006年12月17日