諸国神社めぐり

丹内山神社(花巻市東和町谷内〈とうわちょうたにない〉)

丹内山神社一の鳥居
丹内山神社(たんないさんじんじゃ)は,JR(釜石線)晴山駅の南東3キロメートル,旧和賀郡東和町の谷内地区に鎮座する古社である。
本殿に至る1.2キロメートルほど手前に一ノ鳥居がある。
鳥居は嘉永元年(1848)の建立で,当時は南部藩随一の杉の鳥居と言われた(花巻市指定の文化財)。

当社は,当地開拓の祖神である多邇知比古神(たにちひこかみ)を祀る。土着の信仰を起源にすると思われ,本殿の背後に「アラハバキ神」の磐座とされる巨岩が祀られており,神社創立より古い信仰の存在をうかがわせる。
延暦二十年(801)には,坂上田村麻呂が戦勝祈願に立ち寄ったと伝える。
承和年間(834-847),空海の弟子の日弘(にっこう)が当地に至り,不動尊を安置して「大聖寺不動丹内大権現」と称した。その後「大聖寺種内権現」と改称したという。
以来,神仏混淆の霊場として繁栄した。
康平五年(1062)には,源頼義・義家が安倍貞任追討の際に祈願し,追討後に義家が八幡神社を,弟の義綱が加茂神社を建立したという(今,境内に二社がある)。
藤原清衡(1056-1128)の崇敬が篤く,計108の堂宇と仏像を寄進したとされるが,今は残らない。
当社は一時期衰微したが,藩主の南部利敬(としたか,1782-1820)が文化七年(1810)に再興した。現在の本殿はその時の建築である。
明治の廃仏毀釈をうけて当社は仏教色を排して現在の社号に改称し,仏像は安俵(あひょう)の凌雲寺に遷された。
現在の祭神は,多邇知比古神のほか,天之御中主神,高御産日神,神御産日神,宇麻阿志訶備比古遅神,天之常立神八十八座である。

丹内山神社二ノ鳥居
参道の入り口に二ノ鳥居が建つ。
丹内山神社三ノ鳥居丹内山神社四ノ鳥居
参道を上り詰めると,さらに二基の鳥居があり,その奥に神門がある。

丹内山神社本殿
神門の先に,文化七年(1810)に造営された入母屋造の本殿がある。
外壁は手の込んだ彫刻で埋められている。(→丹内山神社本殿外壁彫刻
建築時の棟札が現存し,棟梁として中内村の吉重郎の名が,脇棟梁として八重郎と宇助の名が残っている。
奥行き三間のうち手前の一間が外陣,奥二間が内陣の密教系仏道の様式である。
厨子を収める本殿の内部にも美しい装飾が見られる。(→丹内山神社本殿内部
丹内山神社本殿内厨子
内陣には流造(軒唐破風付き)の厨子が置かれている。桃山時代の手法が見られ,江戸初期の建築と推測されている。
本殿と厨子は1990年に岩手県の文化財(建造物)に指定された。

丹内山神社境内磐座(アラハバキ大神)
本殿背後の一段高い場所に「アラハバキ大神の巨石」とよばれる御神体が祀られている。
神社創立以前の霊場であろう。
このほか,境内にはいくつかの境内社と「七不思議」と呼ばれるパワースポットがある。(→丹内山神社境内

(岩手県花巻市東和町谷内2区303)
2018.6.26


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