ザビエルの像は,大分市の府内城の南,遊歩公園の北の入り口に建つ。

フランシスコ・ザビエル(1506-1552)はイエズス会創立者のひとりである。
天文16年(1547)ザビエルはマラッカで日本人ヤジローと出会い,日本に行くことを決意した。
二年後,ザビエル一行は鹿児島に到着し,布教活動を許された(すなわち日本へのキリスト教伝来)。
この後,ザビエルらは平戸・博多を経て京都に至るが,天皇や将軍との会見はできなかった。一行は引き返し,山口を経由して大分に入った。
大分では大友宗麟と会見し,そのままインドへ帰った(1551年)。
帰国するザビエルの一行には,洗礼を受けた2人の日本人学生が同行したという(すなわち日本初の海外留学)。
ザビエルの大分滞在は短期間であったが,これをきっかけに,この地には宣教師がしばしば訪れることになり,キリスト教伝導活動の拠点のひとつとなった。これにともなって,大分には早くから西洋の音楽や医術などがもたらされることになった。(→西洋音楽発祥の記念像,西洋外科手術発祥記念像)
また大分の地はキリスト教布教の拠点のひとつともなり,天正少年使節のリーダー伊東マンシヨや,日本人としてはじめてエルサレムに入り,ローマに渡って神父となったペドロ岐部らを輩出した。
今,大分市民は,遊歩公園の入り口に建つこのブロンズ像と,銘菓「ざびえる」(→ざびえる本舗)によってフランシスコ・ザビエルの遺徳をしのんでいる。
(大分市大手公園前,大分駅から徒歩10分)
2002年7月10日